次の文章を読んで、あとの問いに答えよ。 細君は主人に尻 しりを向けて││なに失礼な細君だ? 別に失礼な事はないさ。礼も非礼も相互の解釈次第でどうでもなる事だ。主人は平気で細君の尻のところへ頰 ほお杖 づえを突き、細君は平気で主人の顔の先へ荘 そう厳 ごんなる尻を据 すえたまでの事で無礼も糸 へちま瓜もないのである。御両人は結婚後一ヵ年も立たぬ間 まに礼儀作法などと窮屈な境遇を脱却せられた超然的夫婦である。││さてかくのごとく主人に尻を向けた細君はどう云 いう了 りょう見 けんか、今日の天気に乗じて、尺に余る緑の黒髪を、麩 ふ海 の苔 りと生卵でゴシゴシ洗濯せられた者と見えて癖のない奴 やつを、見よがしに肩から背へ振りかけて、無言のまま子供の袖 そでなしを熱心に縫っている。実はその洗髪を乾かすために唐 とう縮 ちり緬 めんの布 ふ団 とんと針箱を椽 えん側 がわへ出して、恭 うやうやしく主人に尻を向けたのである。あるいは主人の方で尻のある見 けん当 とうへ顔を持って来たのかも知れない。そこで先刻御 お話 はなしをした煙 たばこ草の煙 けむりが、豊かに靡 なびく黒髪の間に流れ流れて、時ならぬ陽 かげ炎 ろうの燃えるところを主人は余念もなく眺めている。しかしながら煙りは固 もとより一 いっ所 しょ
に停 とどまるものではない、その性質として上へ上へと立ち登るのだから主人の眼 めもこの煙りの髪 かみ毛 げと縺 もつれ合う奇観を落ちなく見ようとすれば、是非共眼を動かさなければならない。主人はまず腰の辺から観察を始めて徐 じょ々 じょと背中を伝って、肩から頸 くび筋 すじに掛 かかったが、それを通り過ぎてようよう脳天に達した時、覚えずあっと驚いた。││主人が偕 かい老 ろう同 どう穴 けつ
を契 ちぎった夫人の脳天の真中には真 まん丸 まるな大きな禿 はげがある。しかもその禿が暖かい日光を反射して、今や時を得顔に輝いている。思わざる辺にこの不思議な大発見をなした時の主人の眼は眩 まばゆい中に充分の驚きを示して、烈 はげしい光線で瞳 どう孔 こうの開くのも構わず一心不乱に見つめている
。
︵夏目漱石﹃吾輩は猫である﹄︶注 偕老同穴=生きてはともに老い、死んでは同じ墓穴に入るという堅い夫婦の約束。
1
注 ●表現について 文章を読むということは、内容を読み取るということであると同時に、表現を味わうということでもある。同じ内容の文章でも、表現が違えば、受ける印象が大きく異なるということもある。書き手が工夫をこらした表現のもたらす効果を吟味しながら読むことが大切である。●表現による印象の違い 文体・語 ご彙 い・文の長さのそれぞれについて、表現の違いがどのような印象の違いを生み出すか、考えてみよう。①文体・和文調=息の長い、流れるような文体↓叙情的な印象を与える。・漢文調=漢文の書き下しのような文体↓簡潔で力強く、重々しい印象を与える。・欧文調︵翻訳調︶=抽象語や物を主語とした擬人化、長い修飾部、指示語・代名詞の多用が特徴↓抽象的・論理的な印象。
5 10
15
4 表現の研究
知 識 の 整 理
4
表 現 の 研 究 問 題 A
⑴ 細君の髪のつやのある黒さを表現するために、筆者はどのような形容を用いているか。その部分を文中から書き抜け。 ⑵ 文中に、物を主語とし、擬人化した表現により、こっけい味を出している文がある。その一文をさがし、初めの五字を書き抜け。
⑶ ││線部﹁恭しく﹂という表現の与える効果として最も適切なものを次のうちから選び、記号で答えよ。ア 礼儀作法は気にしないが、心の底では夫に敬意を払っている細君の心情を表現している。イ わざと主人に尊敬をこめた表現を用いることにより、まったくそのような気持ちのない細君の様子をユーモラスに描いている。ウ たとえ心の中では軽し合っていても、表には出せない明治時代の夫婦の習慣をさりげなく描いている。エ 堅苦しい言い方によって、主人に従わねばならない細君の苦痛と恨みを表現している。 ⑷ 次のうち、この文章の表現の特徴を述べたものとして適切なものには○、不適切なものには×を、それぞれの解答欄に書け。ア 短文を積み重ねて、無駄なく、軽快に情景を描いている。イ 俗っぽい表現をときおり混ぜて親しみやすさを出している。ウ 漢語を多用して、力強く重々しくする効果を上げている。エ 息の長い、やや饒 じょう舌 ぜつな文章でテンポよく情景を描いている。
ア イ ウ エ ②語彙・漢語の多用=力強く重々しい印象。・抽象語の多用=思索的・難解な印象。・俗語の多用=親しみ深い印象。③文の長さ・長い文=読んだときの重々しさ、あるいは流れのよさがある反面、内容的に理解しづらい場合もある・短い文=明快で平易な反面、重みに欠け、そっけなさを感じさせる場合もある。
⑴ 髪の黒さを言うときの慣用的な表現。⑵ 物を主語とし、それがあたかも人であるかのような表現を作るのは、欧文調の文章の特徴である。文中にある物を主語とした文のうち、人の動作や表情などを言う表現が用いられているものを見つけよう。⑶ 夫婦の関係をしっかりと読み取ること。﹁超然的夫婦などと称されているのはなぜなのか。﹁恭しく﹂は、そのような夫婦の特徴を際 きわ立 だたせる役目をしている。⑷ 卑俗なことに漢語を使って、漢語の本来の持ち味を逆用している点に注意。
4 表現の研究
❖ 考 え か た ・ 解 き か た
﹁﹂﹁
﹂﹁﹂﹁﹂﹁﹂
1
=
2
=
3
=
4
=
﹁﹂﹁
﹂﹁﹂
1
1
2
3
ⓐ
4
ⓑ
ⓒ
ⓓ ●歴史的かなづかい﹁﹂﹁﹂﹁﹂﹁﹂﹁﹂﹁﹂﹁﹂﹁﹂
﹁﹂﹁﹂
●省略
↓ 4
↓ 4
↓
知 識 の 整 理
5 10
15 20
11 古典の基礎①
11
古 典 の 基 礎 ① 問 題 A
﹁﹂﹁﹂﹃﹄
ⓐⓓ
アイウエ
ⓐⓑⓒⓓ
﹁﹂
﹁﹂
﹁﹂
﹁﹂
ア
イ
ウエ
オ﹁﹂アイ ●仮定と確定﹁﹂+﹁﹂=
↓﹁﹂+﹁﹂=
↓
●係り結び
﹁﹂﹁﹂
﹁﹂
●意味の違い﹁↓﹂﹁↓﹂﹁↓﹂
11 古典の基礎①
﹁﹂
﹁
﹂﹁﹂
﹃﹄
1
=
2
=
3
=
﹁﹂
﹁﹂
1
1 2 3
アイウエ
﹁﹂
ア
イウ
エ
﹁﹂﹁﹂
﹁﹂
アオ
アイウ
エオ
﹁﹂
﹁﹂﹁﹂
﹁﹂
﹁﹂
﹁﹂﹁﹂
﹁﹂﹁﹂﹁﹂
1
11 古典の基礎① 11 古典の基礎①
5
問 題 B
❖
考 え か た 解 き か た
ア
イ
ウ
エ
オ
﹁
﹂
2
1 2
3
4 5
6
7 8 9
﹁
﹁
﹂
﹁﹂﹁
au
﹂
﹁
﹂
﹁
﹂
2
﹃﹄
1
=
2
=
3
=
4
=
5
=
6
=
7
=
8
=
9
=
﹁﹂
﹁﹂
ア
イウ
エ
﹁﹂
11 古典の基礎① 11 古典の基礎①
5
ア
イ
1
﹁﹂
●ディベート作文の書き方
↓↓↓
知 識 の 整 理
作文
演 習 ① 作 文
200 240
●表記・文章表現について﹁﹂﹁﹂
↑↓
●原稿用紙の使い方
﹂
﹁﹂
﹃﹄﹁﹃﹄﹂﹁﹂﹁﹂
作文
1
ア
イ
2
●文体
﹁﹂﹁﹂
①常体
②敬体
作文 作文
知 識 の 整 理 演 習 ②
160 200
1 2
﹁﹂
1
2
作文 作文
18行 15行
❖
考 え か た 解 き か た
││線の読みがなをひらがなで書け。① なるほどと納得する。 ② 気を紛らす。
③ なだらかな丘陵地帯。 ④ 船が沈没する。
⑤ 弱点を克服する。 ⑥ 現場には指紋が残されていた。
││線のかたかなの語を漢字で書け。① 甘味をおさえたおカシ。 ② 春がオトズれる。
③ ギターをエンソウする。 ④ キチョウな体験をする。
⑤ テアみのセーター。 ⑥ 和食センモンの店。
⑦ 石油をユニュウする。 ⑧ セイケツな部屋。
1
2
次の漢字の部首名を答えよ。① 積 ② 頭 ③ 雑 ④ 街 ⑤ 建 ⑥ 守
① ② ③
④ ⑤ ⑥
次の漢字の成り立ちをあとから選び、記号で答えよ。① 森 ② 本 ③ 庁 ④ 卵ア 象形文字 イ 指事文字 ウ 会意文字 エ 形声文字
① ② ③ ④
││線のかたかなの語を漢字で書け。① 文字を書きアヤマる。 ② 悪いことをしたとアヤマる。
③ 会議で決をトる。 ④ 会社で事務をトる。
⑤ 消化キカンの病気。 ⑥ 報道キカン。
⑦ 親善シセツを派遣する。 ⑧ 公共シセツを充実させる。
1
2
3
補 習 講 座 ─ ─ 漢 字
①
月
/ 日
補 習 講 座 ─ ─ 言 語 事 項
①
月
/ 日
次の文章を読んで、あとの問いに答えよ。 なんだか、夜のせいばかりではなく、町全体が、やけにさびしい。のんきなメロスも、だんだん不安になってきた。道で会った若い衆 しゅをつかまえて、何かあったのか、二年前にこの町に来たときは、夜でも皆が歌を歌って、町はにぎやかであったはずだが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老 ろう爺 やに会い、今度はもっと語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。メロスは両手で老爺の体を揺すぶって質問を重ねた。老爺は、辺りをはばかる低 こ声 ごえで、わずか答えた
。
︵太宰治﹃走れメロス﹄︶
⑴ ││線①﹁なんだか﹂が修飾している言葉を一文節で書き抜け。
⑵ ││線②﹁だんだん﹂の品詞名を書け。 ⑶ ││線③﹁メロスは両手で老爺の体を揺すぶって質問を重ねた。﹂の一文の主語と述語をそれぞれ一文節で書き抜け。
主語 述語
⑷ 線ⓐ∼ⓓのうち、次の文の 線部と同じ用法のものを一つ選び、記号で答えよ。 祖父は八十歳だが、毎日運動を欠かさないため健康である。
①
1
②ⓐ
ⓑ
ⓒ
③
ⓓ ﹁あいさつ﹂という題で作文を書け。
1
補 習 講 座 ─ ─ 文 法 事 項
①
月
/ 日
補 習 講 座 ─ ─ 課 題 作 文
①
月
/ 日